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ネイチャーフォトグラファー #上田優紀の日本辺境紀 (はじまりにあたり)

「ネイチャーフォトグラファー」という肩書きを持つ人が日本にどれくらいいるのかは知らない。少なくとも僕の周りにはこの上田優紀しか存在していない。彼はエベレスト、マナスル、アマ・ダブラムといった世界有数に過酷な山々に登山し、美しい写真を撮影して帰ってくる。

今やさまざまなテレビやメディアにも取り上げられる日本屈指の自然写真家だ。ひとまずこのページを離れて、こちらのInstagramから、彼の写真を見てきてもらえたらうれしい。coyote「宮沢賢治の旅」というテーマでも、上田くんの写真が大々的に使われている。最近は、「海中」にチャレンジしているらしい。

Coyote No.75 特集 山行 宮沢賢治の旅

彼とは、彼がまだフォトグラファーの会社で、シスタントをしている時代に出会った。フォトグラファーのアシスタントというのはこれまた過酷な仕事で、その時は伊豆の森林の撮影だったのだけど、森の中で蚊や虫と戦いながら何時間もライトを支える、みたいなことをずっとやってくれていた。ずっといつもの笑顔をたやさずに。

そこから1年くらいして「写真家になるので退職します」というような連絡をもらった。僕は「いいと思う。応援する」というようなことを言った(はず)。その時は、「上田くんにフォトグラファーとしての才能がある」とか「やり遂げるガッツがある」だとか、そんなことは僕は全く分かっていなかった。今考えても、とても無責任な年上からのエールだった。

しかしそこから、たったの5年ほど。上田くんは日本を代表するようなネイチャーフォトグラファーになってしまった。その事実を、僕はとても嬉しく、自分のことのように誇らしく思っている。

独立した頃はお金もなかっただろうし、自分が本当に自然を撮影して生きていけるかなんて確証もなかったんじゃないかと想像している。彼は本当に、ただ「誰も見たことのないような自然の写真」を撮りにいきたかったのだ。「できるかどうか」というより、「やらざるをえなかった」のではないかと思う。

彼が撮る壮大で美しい写真は、彼が受ける過酷さや危険と表裏だ。本当に厳しい山に登っているので、こちらとしては送り出すたびにヒヤヒヤしている。でもだからと言って止めることはもちろんしない(できない)。僕にできることは、全力で送り出すことだけだ。どうかいい写真を撮ってまた観せてほしい。楽しみに待っているから、と。あとはただ信じて待つしかない。

しかし彼は、山に登って帰還するたびに「写真できたんで観てもらっていいですか」とすぐに連絡をくれる。それはもう僕の人生の楽しみな行事として刻まれている。これから先、お互い長生きして、そんなやりとりがずっとできたら。それは僕の人生にとって、とてつもなく大きな意味となる。なんと贅沢なことだろう。

そしてその喜びを、できるかぎり多くの人と共有できたらなと思う。だからみんなにも上田優紀のことを知ってもらいたい。そして写真を持って帰ってくる彼を一緒に楽しみにできらと思う。

そんなわけで、このLocarismに 「#上田優紀の日本辺境紀」と称して、日本各地の旅の記録を残してもらうという贅沢な企画をスタートすることにした。第一弾は、釧路湿原。素敵な写真とその場だから生まれる豊かな文章をのんびりとお楽しみください。